【鈴花・ちづる・白水】店舗検索

成人式の思い出

みんなかつては、二十歳でした。

人それぞれがちがう想いで成人式を迎えます。
大人の方には懐かしいエピソード、
これから大人になる方はご参考に…。

お客様の思い出

  • 広島県 48歳

    当時反抗期だった私は成人式に出る気はなく振袖も着るつもりはありませんでしたが、成人式3か月前に友達みんなで振袖を着て行こうという話になり、急遽母と呉服屋に行きました。
    当日成人式の会場には行ったのですが、皆で写真を撮ってばかりでしたので式には参加しませんでしたが、とってもいい思い出になりました。
    数年後母から「一人娘だったので振袖を着たいと言ってくれたことが嬉しかった」と言われました。結納・友達の結婚式は全て振袖を着て出席したので、合計9回着ています。私のわがままを聞いてくれた母にはとても感謝しています。

  • 佐賀県 40代

    まだ携帯電話を持っている人がほとんどいなかった時代。うちの母は振袖を着た私の写真をテレホンカードにして、親戚中に配ってました。

  • 宮崎県 70歳

    私が18歳の誕生日には成人式に備えて振袖一式を母が用意していてくれました。しかし私が成人式を迎える時期間近に、母は急性白血病で亡くなり振袖姿を見せることはできませんでした。
    未だにそのことが心に残っています。

  • 佐賀県 67歳

    47年前、成人式を迎えました。約半世紀前になります。当時、世の中の状況は決して良くなかったんではないでしょうか。そして私の住んでいる地域は振袖のような特別な装いは禁止というので、私達は洋装で会場に向かいました。
    その為これまで一度も振袖に袖を通すことはありませんでした。
    「和服の日」が制定されましたので、改めて着物文化に親しむチャンスが増えたら良いと思います。

  • 宮崎県 61歳

    私の成人式は41年前で洋服で参加しました。美容見習いをしていた私は振袖が着たくて、働いていた所の貸衣装の振袖を着ました。
    あこがれの青年団長さんに美容室まで迎えに来てもらい、日南海岸をバックにその方のカメラで3枚程写真を撮ってもらい、思い出の写真になりました。
    今年で鈴花に縁あって11年目。自分で着物着用ができてお客様にも一応着せることができるようになりうれしく思っています。

  • 福岡県 76歳

    昭和41年1月15日、早朝より近所のおばさんに私達(双子)は父が作ってくれた白の訪問着を着せて頂き、当時の志賀島汽船に乗り志賀島の志賀海神社に。その年の成人の仲間と、町が用意してくれた式典に参加しました。56年前のことです。雪がちらちら大変寒かったことを思い出します。6人兄弟の私は二人分の着物を作ってくれることも大変だったろうと父・母に深く感謝しております。
    父・母も他界、当時目を細めて着物姿を喜んでいた姿が思い出されます(涙)着物が大好きになった起源かもしれません!!

  • 佐賀県 51歳

    私の妹は鈴花で振袖を購入しました。当時としてはモダン調の柄でしたが、本人の好みで選びました。成人式を終えた後しばらくして妹は結婚し、振袖は母の元でタンスに眠ったままとなってしまいました。それから二十数年が経ち、帰郷した私に母親が見せてくれたのは、妹の娘がその振袖を着て微笑んでいる写真でした。
    妹以上に着こなしていて美しく、時代を超えて伝わるきものの美の素晴らしさを改めて実感したひとときでした。

  • 山口県 80歳

    もう60年も前の話、記憶を辿らないと思い出せない位です。成人式には出席しませんでした。五歳と小五で両親を亡くし、親代わりの伯母には無理が言えなかったと思います。そんな事があり、娘には18歳で振袖を作り、成人前に何度も着せましたが、娘の時代は贅沢は禁止で式は洋服で参加でした。その振袖を孫の嫁がお色直しで着てくれました。

  • 山口県 30歳

    当時、ギャル・キャバ嬢が流行していて、振袖はみんなハデハデでした。花魁姿はものすごく多く、髪型も化粧もすごく派手でした。とてもにぎやか、はなやかな日でした。レンタルの振袖でしたが、小物も1個1個派手なものを選び、1日で40万円かかりました。今思えば買ったほうが安かったですね。

  • 佐賀県 45歳

    20歳の頃は洋装にしか興味がなく、当時の母親に「和服はいらないからコムでギャルソン(ブランド)の洋服を買って!」と言っていましたが、結局和服を着ることに・・・。
    しかしそれ以来和服にはまり、和裁、着付け免許などを自分で修得して友人達から和服のことで頼られるようになったりしました。今では和服の大ファンです。

  • 佐賀県 52歳

    平成元年1月15日、早朝の美容室から始まり、着付けそして写真館へ行き、昼頃から式典の会場、そして同窓会ととても忙しい充実した1日でした。当時の両親は晴々しい気持ちだったと思います。一生懸命働く姿ばかりがこみあげてきて20年間の感謝の気持ちがこの振袖姿で表わせているのなら、これも親孝行と思いました。着付けのときに「細い!」と言われたことが懐かしいです。友人は今でも振袖のことでほめてくれます。娘も同じ振袖を着ました。それを見た姪っ子も今度の成人式に着用します。なんだかうれしいです。これからも大切にしたい1枚です。

  • 広島県 62歳

    ある日、学校から帰ると呉服屋さんと母が待っていて、部屋中に沢山の振袖を広げて見せてくれました。母と一緒に色柄を楽しく選んだ事、今でも鮮明に蘇ります。母は大変な中、自分が着れなかった振袖を娘には着せてやりたい、という想いで私に振袖を誂えてくれました。友人たちと楽しく晴れの日を迎えられた事、母に感謝!!です。

  • 佐賀県 69歳

    私は昭和46年に成人式を迎えました。このときは高度経済成長とニクソンショック、学生運動など世の中が目まぐるしく変わっていくのを感じました。当時は学生で、両親は苦しい家計を何とかやりくりして私を大学へ行かせてくれていました。アルバイトに明け暮れる毎日で、スーツなどを買う余裕はなく、成人式は普段着のセーターを着て出かけたのですが、同級生の女性の晴れやかな着物姿を見てうっとり。こうも大人の女性に変わるんだと思ったことを覚えています。

  • 広島県 67歳

    1973年、20歳の頃。和裁を習うため東京にいました。成人式当日、友達と和裁の学校の制服だったピンクの色無地(一ツ紋)に紺色の袴をはいて、明治神宮へ参拝に行き、写真館で記念写真を撮りました。(私は生まれて初めてパーマをかけています)当時は着物を縫いながら、昼からはラジオを聞きながら仕事をしていました。その頃、アリスの青春時代が流れ、素敵な声に惚れてファンになりました。しんどかったけれど大切な思い出です。その時の友達は今でも年賀状を出してます。

  • 宮崎県 58歳

    娘の成人式の日に私が着付けをしました。我が子に着せてやれてよかったです。その際、成人式の定番の白のフワフワのショールを買ってなかったのですが、娘にあれが一番の憧れだったと言われ、申し訳なく思ったのを覚えています。
    一生に一回の記念の日だったのに、自己判断で白のショールは今後使わないからいらないと思ったことをとても後悔しました。

鈴花グループ120周年特設ページはこちら
  • お着物のTPO 振袖・七五三など大切な儀式・行事の着物から季節の装いにいたるまで、着物のすべてを鈴花・ちづる・白水へお任せください。
  • お客様イベントレポート 着物を着る会・ランチ会など、着物で
    参加できるイベントを行なっております。
  • 成人式の思い出 皆様の大事な成人式の思い出をご紹介しております。